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小田急線ダイヤ改正に思う [ダイヤ]

3月17日小田急線ダイヤ改正があった。今回の目玉は何と言っても上原、梅ヶ丘間の複々線完成による増便と時間短縮だろう。また、列車種別と運転系統が整理され分かり易くなった。

ロマンスカー「スーパーはこね」も小田原まで長年に亘る悲願の60分をちょっと切る時間で走破する。

今回の改正は手探り状態のようで「一駅だけの謎の列車?」などもあって興味深いのだが、残念に思うことがいくつかある。

そのひとつは昼間の急行が新松田止まりになってしまったことだ。快速急行が主役になり急行が脇役に転じたとはいえ、もう一息で小田原というところでプツリと途切れてハイ終点というのはいかがなものか。

急行は快急の後追い雁行なので唐木田行と順番を入れ替えて小田原ローカルとスジをうまく繋げば良さそうに思う。同方向へ2本続行というのは解せぬ。

もう一つは地下鉄直通準急で、10分毎の各停に挟まれ毎時3本が緩行線を走り経堂以西成城学園まで各停だ。夕方以降成城止まりがあるが中途半端ではないのか。どうせなら向ヶ丘まで行ってはどうか。線路は空いているはずだ。

また、緩行線に優等列車を入れ、ホームドア未設置のところを高速で通過するのは危険ではないのか。

ともあれ、新宿から乗らないと絶対に座れなかった大野分割時代の急行列車の混雑を思えば隔世の感あり。
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西武多摩湖線のダイヤ [大手民鉄]

その末端部、萩山・西武遊園地(多摩湖)間の昼間のひとときは片道20分毎。同じ電車が往ったり来たりするだけ。これは50年前と変わっていない。支線のそのまた支線みたいな線だし客も1両で足りる位しかいない。
終点が近接する西武園線も同様に昼間1時間3本。ともに4両編成では過剰投資だが他に使える車両がなく致し方なし。多摩湖線、多摩川線に至っては最古参の車両が老骨に鞭打って走っている。

今から50年ほど前の西武の多摩川線と所沢近傍の短距離支線群は全て昼間20分毎の運転で、戦前の国電中古車の2両編成がのんびり走っていた。客も疎らで沿線は田園そのもので住宅街などなく「武蔵野」が延々と広がっていた。アニメ映画「となりのトトロ」にその様子が描かれている。

今では建売住宅が跋扈して広大な武蔵野も随分と肩身が狭くなったものだ。
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伊豆箱根塗色の101系電車
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赤電色に思う [大手民鉄]

西武多摩川線(当時は多摩鉄道)開通100周年記念で101系247Fが赤電色になった。

多数のリクエストがあったと聞くが赤電の時代は比較的長かったし、あの頃は多数の形式があったので人気があるのだろう。しかしこの色、往時の色とは少しニュアンスが違うように思う。光線の加減かも知れないが赤が少し明るい。また、窓上の細帯は心持ち太い。801系や411系(後期)の帯は在来形式の雨樋と同様の太さだったように記憶するが、今風赤電と言うことでこれはこれで良いのかもしれない。

しかしどうにも鉄仮面にはブラックフェイス以外は合わないように思う。窓が大きく明快なデザインにこそこの塗り分けは似合うように感じるのだが。
赤電
(昨年末に八坂駅で撮影)

さて、この塗色が最初出たのは1960年頃だっただろうか。当時はこれが「新塗装」で1964東京五輪の時には全車赤電になっていた筈だ。元々は旧西武鉄道の色だった旧塗装(茶黄電)を見慣れた目からすれば随分大胆な配色だと感じた。

当初501系など湘南タイプの形式の前頭部上部のおでこ部分は鼠色に赤の細帯、通称ネズでこだった。701系から赤でこになって以後全形式に波及した。また701系の試験塗装では前頭腰部の赤は真ん中がV字に切れ込んでいた。

その後101系で黄色(と言ってもレモン色だが)が先祖返りしたかのように復活したのには驚いた。暫くは黄色の時代が続き、これが定着したかのようだったが銀電の時代になってからは青基調にっなって現在に至っている。

赤電全盛期には釣り掛け式モーターを唸らせていた西武電車も、今ではVVVFの音を響かせて疾走する。畑と雑木林ばかりだった武蔵野の風景もあの頃とはだいぶ変わった。
タグ:西武 赤電
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ロマンスカーの野望 [大手民鉄]

ロマンスカーの野望

ロマンスカーといえば今や小田急の代名詞と言っていいだろう。そのロマンスカーが今春のダイヤ改正で新宿、小田原間60分到達という、70年越しの悲願を達成する。「スーパーはこね号」が59分で走破するのだ。

これも代々木上原、登戸間複々線完成の恩恵で、この区間で約10分短縮できるからだ。複線の稠密ダイヤでは優等列車が普通列車に挟まれて並行ダイヤにならざるを得ず時間短縮は困難だったがそれが一挙に解消する。

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今から60年以上も前、初期のロマンスカーSE車は低重心構造連接式でスピードアップを図った。これは動力方式は違えどフランスの超特急TGVなどが今でも採用している方式で、恐らく急カーブの続く本厚木、新松田間の「山区間」でのスピードアップを目論んでいたものと思う。

この方式はその後登場したNSE車、LSE車にも引き継がれたが、HiSE車では当時流行したハイデッカー構造を取り入れ低重心ではなくなってしまった。この時点で車両の構造によるスピードアップは諦めたように思う。将来の複々線化による効果を既に見据えていたのかも知れない。

さらに後、特急車の形式番号が5桁になってからは連接構造も止めてEXE車、MSE車と平凡な着席通勤特急車が増備された。旺盛な通勤需要を優先させるため「ロマンス」どころではなくなったのだろう。唯一御殿場直通のRSE車だけは観光を意識して二階建て車を挟んだ。Rはリゾートの頭文字なのだから。

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ところが近年になってVSE車の登場で連接式が復活し味気なくなっていた特急車に喝を入れた。この時期ロマンスカーの人気が凋落低迷していたものと推測される。これが増備されるかと思いきや今度はGSE車なる新顔が特急の時間短縮をアピールするが如く鮮やかな真紅の車体で登場した。

連接式を採用しなかったのは最早車両によるスピードアップの必要性が無くなったからだろう。皮肉な結果ではあるが矢張り複々線化の効果は絶大で長期に亘る小田急の夢、小田原60分が21世紀に入り漸く実現することとなった。
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多摩ニュータウン春の陣 [ダイヤ]

多摩センター駅には新宿から京王と小田急の二つの路線が乗り入れている。現時点で8割方の乗客が早くて安い京王を利用するというが至極当然の流れだろう。

小田急が今春のダイヤ改正でこれに巻き返しを図る。代々木上原、登戸間の複々線が完成し優等列車の所要時間短縮が実現するからだ。

都心方面への多摩線直通列車は従来代々木上原から千代田線へ入っていたが、これを新宿へシフトさせ新宿指向を強化するとともにラッシュ時の所要時間を大幅に短縮し京王より早くする。明らかに京王への対抗手段なのだが昼の時間帯は京王のほうが早いのでこの点疑問が残る。

売られた喧嘩は買わねばなるまい。京王も黙ってはいない。16年ぶりに新車を投入し夕方時間帯に新宿から座って帰宅できる列車を設定する。ただし別途指定席料がかかるので小田急に対する料金面での優位性は失われる。

さてこの争いどちらに軍配が上がるのか見ものではある。
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